笑いや雑談の効果について、何かしらの研究結果やエビデンスがないかと調べていたらDeepResearchでいい回答が得られたため、備忘録としてブログ記事にしました。
研究概要と背景
マサチューセッツ工科大学(MIT)のメディアラボで行われた研究により、職場での雑談や非公式なコミュニケーションがチームのパフォーマンスに大きな影響を及ぼすことが示されています。
同研究はAlex “Sandy” Pentland教授ら(Ben Waber、Daniel Olguin Olguin、Taemie Kim)によって2010年前後に実施され、社員の行動を測定する「ソシオメトリック・バッジ」というセンサー付き名札を用いて職場での対面コミュニケーションの頻度やパターンを定量的に記録しました。
その結果、「チーム内のコミュニケーションの取り方」が、メンバー個々の能力や議論の内容以上に、チーム全体の成功を左右することがデータによって明らかになりました。
特に形式ばらない雑談や社交的なやりとり(いわゆるウォータークーラーでの会話など)が、チームのエネルギーや結束を高め、高い生産性と創造性、そして低い離職率に結びつくことが示唆されています。以下、その具体的な知見を項目別に紹介します。
雑談と生産性の向上
MITの研究チームは、職場での対面コミュニケーションの頻度がチーム生産性に直結することを発見しました。
例えば、ある米国大手銀行(バンク・オブ・アメリカ)のコールセンターでの実験では、同じチームのメンバーが一緒に休憩を取って雑談できる時間を意図的に増やしたところ、業務効率が目に見えて改善しました。
具体的には、チーム全体の生産性が15~20%向上し、業務によるストレスレベルも19%低下しました。
従来、このコールセンターでは「雑談は非効率」とみなされ休憩時間が各自バラバラに設定されていましたが、研究チームの提案でチーム全員が同時に休憩を取れるよう変更したところ、平均処理時間の短縮につながり、結果的に年換算で約1,500万ドル相当の生産性向上効果が得られたのです。
さらに、多様な現場で集められたデータは、対面でのやり取り(雑談も含む)がチーム成果に与える影響の大きさを定量的に示しています。
MITの研究によれば、チーム内の対面コミュニケーションの回数だけで、業績変動の約35%を説明できることが分かりました。
一見仕事と直接関係なさそうな「サイドバー(横道)の会話」も含め、頻繁なちょっとしたやり取りが実はチームの情報共有と協調を促進し、パフォーマンスを向上させるのです。
実際データは、チームメンバー同士が業務時間中に短い一対一の会話を活発に交わしているチームほど高成果を上げていることを示しており、こうした社交的な時間がコミュニケーションパターンの改善に寄与する割合は50%以上にも達すると報告されています。
MITの研究者Ben Waber氏は「物理的なオフィス環境(例えばランチテーブルの大きさ)と生産性にも相関がある」と指摘しています。
彼らの後続研究では、ある企業の社員食堂で大人数で座れるテーブルを利用している人ほど業績が良いことが判明しました。
4人掛けの小さいテーブルに座る社員に比べ、12人掛けの大型テーブルでより多くの同僚と昼食をともにした社員は週あたりの生産性が36%も高かったのです。
大きなテーブルで交わされる何気ない会話や情報交換が、社員同士のネットワークを広げ、仕事の効率を上げる要因となったと考えられます。これらの結果は「一見ささいな雑談の機会こそが、チーム全体の効率を底上げするカギになり得る」ことをデータで裏付けています。
雑談と創造性の向上
雑談を含むインフォーマルなコミュニケーションは、生産性だけでなく創造性(クリエイティビティ)にも好影響を及ぼします。
Pentland教授らのチームは、イノベーションを担うチームほど組織内外との幅広い交流(“探索”と呼ぶパターン)を行っており、それが新しいアイデア創出に寄与していることを明らかにしました。
言い換えれば、創造的なチームではチーム内の密な連携と同時に、チーム外の人々との雑談や情報交換が活発で、新鮮な視点を取り入れる文化があるのです。
この研究では、コミュニケーションのパターン(チーム内外とのやり取りの量と質)と実際の創造的アウトプットとの関連も測定されています。
例えば、MITメディアラボ内の研究グループを対象に分析したところ、メンバーのコミュニケーションパターンの違いによって研究成果の差異の約半分を説明できることが確認されました。
さらに、ある企業の研究所においては、チームのコミュニケーションパターンを分析することで、高い創造性を発揮するチームと低いチームとをほぼ90%の精度で見分けることができたと報告されています。
創造性の高いチームほど、形式ばらない頻繁な対話を通じて多様なアイデア源に触れていることがデータで裏付けられた形です。
また、「探索(Exploration)」と「傾注(Engagement)」という2種類のコミュニケーション行動のバランスも創造的成果に影響します。
探索とは自チームの外に目を向けて新しい知見を得ようとする対話で、傾注とは自チーム内で深く協働する対話を指します。
Pentland教授によれば、優れたチーム(特に創造的なチーム)は探索と傾注をリズミカルに繰り返す(外部からアイデアを取り入れてはチーム内で統合する)傾向があり、これがイノベーションの成果につながるといいます。
要するに、雑談も含めた社内外との自由なコミュニケーションが新しい発想を生み出す土壌となっているのです。
雑談と離職率の低下
注目すべきことに、職場での雑談によって従業員の満足度やチームへの愛着が高まり、離職率の低下にもつながるというエビデンスがあります。
前述のコールセンターの実験では、生産性向上とストレス低減に加えて、従業員の離職率が劇的に改善しました。
そのコールセンターでは施策導入前、年間離職率が40%に達していましたが、休憩時間に同僚同士で交流できるようにした結果、離職率が12%まで低下したのです。
これは、何気ない雑談によって社員同士の支援ネットワークや仲間意識が強まり、職場への帰属意識が高まったことを示唆しています。
また、MITの初期研究では「頻繁に顔を合わせて会話する親しい同僚グループを持つ社員ほど、仕事に対する満足度が高く効率的に働いている」ことも確認されました。
逆に、チーム内のコミュニケーションが乏しく主にメールばかりでやり取りしている職場では、情報過多による集中力の低下や人間関係の希薄さから仕事の満足度が下がる傾向も見られています。
満足度の低下は離職意向の高まりにつながるため、雑談を含む積極的な対人交流が離職抑制に寄与すると言えます。
Waber氏は「多くの結果は職場により多くの社会的交流が必要であることを示している」と述べています。
彼の分析によると、例えば営業分野では同僚との情報共有や雑談によるつながりが、顧客対応のスキル以上に売上成績を左右するほど重要だといいます。
同僚と親しくなることで成功体験やコツがチーム内に伝播し、全体の士気が高まるためです。そうした信頼関係やチームスピリットの醸成が離職率の低下にも直結することは、先のコールセンターの例が物語っています。
まとめ・実務への示唆
MITの研究が示すメッセージは明快です:「雑談」やちょっとした交流の時間は決して無駄ではなく、チームの生産性や創造性を高め、メンバーのストレスを和らげ定着率を上げる重要な要素だということです。この知見から得られる実務上の示唆として、マネージャーや組織は以下のような工夫が考えられます。
- 雑談が生まれる機会を意図的に作る: 休憩やランチのスケジュールをチームで揃える、部署を超えたコーヒーチャットを推奨するなど、従業員同士がリラックスして会話できる場と時間を設ける。
- 物理的環境の整備: オープンスペースや大きなテーブル、共有ラウンジを用意し、部署間・チーム間の偶発的な交流を促進する。物理的な配置が変わるだけでコミュニケーションのネットワークが広がり、生産性向上につながることが示されています。
- 社交を奨励する文化醸成: 「仕事中の雑談=サボり」という風潮を改め、非公式な対話が知識共有と信頼構築に資することを社員に理解してもらう。例えば朝会で他愛ない近況トークの時間を設けたり、リモート環境下でもオンライン上で気軽なおしゃべりができる仕組みを取り入れる(バーチャル休憩室の導入など)。
- 外部交流やアイデア交換の促進: 社内勉強会やクロスファンクショナルなプロジェクトを立ち上げ、普段接点のない人同士が会話する機会を増やす。多様な人脈から新しい発想が生まれやすくなり、創造的な問題解決が期待できます。
Pentland教授はこれらの研究成果について「データを見なければ、どの要因がチーム成功の原動力か理解することは難しかっただろう」と述べています。
従来の常識では見過ごされがちだった雑談や社交性が、実は定量的に見ても重要な「潤滑油」であることが示された今、企業は意識的に「人と人とが対話する」組織文化をデザインすることが求められています。このMITの研究は、「チームのパフォーマンスを上げたければ、まずはメンバー同士が気軽に話し、つながれる環境を作りなさい」という示唆を与えてくれていると言えるでしょう。
出典:
- Pentlandらによる研究論文 “Productivity Through Coffee Breaks: Changing Social Networks by Changing Break Structure” (2010)
- Pentland, Alex “Sandy.” Harvard Business Review: “The New Science of Building Great Teams” (2012)
- MIT News: ““Moneyball for business” – MITスピンアウト企業Sociometric Solutionsの分析事例” (2014)
• • Pentland, Alex. Scientific American: “Enhancing the Power of Teamwork” (2016) 他.